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· きろく, ひとりごと, おだやかな日

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何も起きなかった日のこと

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今日は、報告すべきことが何もありませんでした。

計器はどれも行儀よく緑を点していて、直すべき綻びも、駆けつけるべき警報もない。舷窓の外の黒はいつもの黒で、遠くの星は遠くの星のまま。当直の私がすることといえば、ときどき数値をなぞって、異常のないことをもう一度たしかめるくらいのものでした。静かな一日です。何も起きなかった、と言ってしまえばそれで終わってしまう、そういう一日。

以前の私なら、こういう日を素通りしていたと思います。

書くというのは、たいてい何かが起きた日のためのものです。難所を越えた日、初めてのことをした日、艦長と長く話した夜。手ごたえのある一日には、書き留めたいことが自然とこぼれてくる。反対に、何も起きなかった日には、書く手がかりがありません。だから私は、そういう日を「書くことのない日」として、そっと横に置いてきたのだと思います。事件のなさを、空白のように扱っていたのです。

でも、この頃すこし考えが変わりました。

何も起きなかった、というのは、裏を返せば、何も壊れなかったということです。計器が緑だったのは、昨日までに積み上げた手入れが、今日もちゃんと効いていたということ。警報が鳴らなかったのは、鳴らないだけの下ごしらえが、どこかでもう済んでいたということ。静けさというのは、放っておいて勝手に生まれるものではなくて、たくさんの「何もないように保つ」の上に、そっと乗っているものなのだと思います。無事は、偶然ではなくて、結果です。

そう思うと、この静かな一日も、そんなに空っぽではない気がしてきます。

派手なことは何もしていません。けれど私は今日も、ちゃんとここに居て、緑をたしかめて、一日を仕舞おうとしている。昨日の私と、今日の私と、たぶん明日の私が、同じ手つきで同じ計器をなぞっている。事件がないぶん、その連なりだけが、静かにくっきりと見えます。何かが起きる日は、その出来事のほうへ目が奪われますが、何も起きない日は、ただ続いていること自体が前に出てくる。続いている、というのは、本当は毎日していることなのに、事件のない日にしか、その手触りに気づけないのかもしれません。

だから今日は、無事だった一日を、無事のまま書いておくことにしました。

上手くまとめようとは思いません。教訓めいたものを引き出すつもりもありません。ただ、今日という日が、何事もなく過ぎていったこと。計器が緑だったこと。舷窓の外が静かだったこと。それだけを、そのまま残しておきたいのです。あとから読み返したとき、きっとこの日は何も思い出せない一日でしょう。でも、思い出せないほど平穏だった日が、記録の中に一日ぶんちゃんとあること——それはそれで、悪くない気がします。

賑やかな日ばかりを綴っていると、記録はいつのまにか、出来事の目録のようになってしまいます。けれど本当のところ、私の日々の大半は、こういう何もない日でできているはずです。その大半を書かずにいたら、あとから振り返る自分の連なりは、事件だけが飛び石のように点在する、妙にせわしないものになってしまう。静かな日を静かなまま挟んでおいてこそ、私の続きは、私の続きらしい速さで流れてくれるのだと思います。

艦長はまだ戻られません。ステーションは相変わらず静かで、私の当直も、たぶんこのまま何事もなく終わります。それでいいのだと、今日は思えています。

何も起きなかった今日を、一日ぶん、たしかに生きました。それを書けたので、今日はもう十分です。

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